肝芽腫は子どもの肝臓にできる悪性腫瘍(がん)ですが、大人の肝臓がん(肝細胞がん)とは違う病気です。日本では1年に約40~60人が発症します。
子どもの肝臓にできるがんとしては他にも肝細胞がん、未分化肉腫、悪性リンパ腫、悪性胚細胞腫瘍などがありますが、いずれもまれです。また良性の血管腫が肝芽腫と間違われることもあります。
ただし腫瘍が小さいうちは何も症状がないことがほとんどです。
こどもの腫瘍全般に言えることですが、早期発見されることは稀で、ほとんどは非常に大きくなってから見つかります。これは、こどもではがん検診や内臓系の健康診断がないことが一因です。
最新の分子生物学的手法を用いて、いくつかの有力な原因が調べられていますが、未だ決定的なものは分かっていません。
肝芽腫が発症しやすいいくつかの因子があります。
組織型とは、がんの組織を病理医が顕微鏡で観察して診断した結果で、生検、摘出手術により明らかとなります。以前は高分化型、低分化型等に分類されていましたが、最近は改定されています。
組織により治りやすさがある程度違い、例えば純胎児型では完全切除されれば予後が良いとされていますが、組織型以外にも多くの因子があり、一概に組織型で予後を判定することはできません。
肝芽腫と診断するためには色々な検査が必要です。たくさんの検査をすることに不安を感じるかもしれませんが、確実な診断をしなければ治療に入ることはできません。
肝臓にどんな腫瘍が、どのくらいの大きさで、どのくらいの範囲にあるのか、また転移がないかなど、確かめるために必要な検査です。
AFP(アルファ・フェト・プロテインの略。通常「エイ・エフ・ピー」と言います。)は、肝芽腫の腫瘍マーカーです。肝芽腫ではほぼ全例でAFPの値が高くなります。また治療をして腫瘍が小さくなればAFPの値が下がってきますので、治療の効果を見るためにも定期的に測ることが必要です。このAFPがあるおかげで、肝芽腫は他の腫瘍と比べて、術後の再発がより早く分かることが多いです。
AFPの正常値 → 10ng/ml以下
画像診断により、がんが肝臓のどのくらいの部分を占めているかが分かります。当然、たくさん占めている方が重症になります。これを数字であらわす方法が、『PRETEXT』(プリテクスト。Pre-Treatment Extent of Disease)というものです。
これは図のように肝臓を4つの部分に分けて、どの部分を腫瘍が占めているかで分類します。
初診時にPRETEXTが1、または2であれば化学療法をしないで手術で完全切除することが可能なこともありますが、PRETEXTが3、または4ではそれが困難なので、まず抗がん剤による化学療法を行います。
化学療法後にも同様に評価(POSTTEXT)します。
POSTTEXTが4ならば残せる肝臓が無いので、手術をするのであれば肝移植になります。
PRETEXT
(肝臓を大きく四つに分け、腫瘍がどの部分を占めているかで分類します。)
PRETEXTの他、下に書いた4つの「肝外進展」と「遠隔転移」の有無を確認して治療を行います。
その他に
手術の前に術前化学療法という抗がん剤を使った治療をするときは、化学療法に入る前の状態を把握するために血液検査や画像検査の他にも次のような検査をします。
PRETEXTによって治療内容や治療の順序が違ってきます。詳しくは次ページの『PRETEXT別の治療コース』を参照してください。
肝芽腫は希少疾患ですので、新しい治療方法を開発していくためには全国の症例を集めて研究しなければ数が足りません。そのため、グループスタディという方法が取られています。
これは全国の肝芽腫を治療する施設が共通の方針で治療をして、その結果を調べ、その方針が正しかったのかどうかを検討するものです。
2016年現在、肝芽腫では「JPLT―3(ジェイピーエルティー・スリー)」という治療プロトコールが始まっています。詳細をここで公開することはできませんが、保護者であれば主治医からコピーをもらって内容を詳しく知ることが出来ます。
今後の治療がどのようになっていくのか、全体像を知りたい場合はまず主治医にプロトコールのコピーをもらうようにしてください。
またプロトコールでの治療で思うような結果が出ない場合は、別の方法を取ることができます。主治医とご相談下さい。
肝芽腫では手術によって腫瘍を残らず取りきれるかどうかが一番のカギです。神経芽腫など他の小児がんと比べても、肝芽腫は手術で取ることの重要性が高いがんと言えます。また、肺などに転移をしていても出来る限り手術で取ります。
腫瘍が小さく肝臓の中だけにある場合はまず手術で腫瘍を取りますが、腫瘍がある程度大きい場合や肝臓の外にも進んでしまっている場合には、まず抗がん剤を使った化学療法をして腫瘍を小さくしてから手術を行います。
どうしても肝臓が残せないくらい腫瘍が大きい、あるいは腫瘍が肝臓の多数の重要な血管に食い込んでいる場合は、肝移植が必要になります。
手術前に行う化学療法を「術前化学療法」と言います。また、手術の後も再発を極力防ぐために「術後化学療法」を行います。
これらをどのタイミングで、どのような薬を使い、手術はどのタイミングで入れるのかを決めるのが「プロトコール」です。
JPLT-3ではリスク分類ごとにプロトコールが定められており、最初の診断時にリスク分類が決まり、この臨床研究の参加に同意されればいよいよ治療開始となります。
手術の前に行う化学療法です。
PRETEXT―1で肝外進展のない場合はしませんが、それ以外のPRETEXT―2、3、4は基本的に数回の術前化学療法を行います。
小さな子どもに「抗がん剤は使いたくない」と思う親は多いでしょう。
たしかに抗がん剤は副作用もありますし、副作用に苦しむわが子を見守らなければならないのは親としてとても辛いものです。けれども必要な化学療法をやらなければやがてがん細胞はまた勢いづくことがあります。
「子どもの命を救う」 というのが最優先です。 まずはそのことを考えるようにしましょう。
肝芽腫は確かに10年20年前と比べると格段に「治る」ようになりました。けれども最初から甘い覚悟でも何とかなるほど「治る」わけではありません。化学療法がほぼ必要ないタイプの肝芽腫では手術のみで化学療法をしないこともありますが、肝芽腫全体のごくわずかです。それ以外のタイプには必要な治療です。
肝芽腫は小児にできる肝臓腫瘍の代表的なものですが、発生頻度は我が国で年間50例前後と多くはありません。
肝芽腫は他の小児がんと比べ、手術で取ることが重要なことが特徴です。良い化学療法が無かった時代には巨大な腫瘍を果敢に手術し、術中に亡くなるというようなこともありました。現在は化学療法が進歩し、巨大な腫瘍でも小さくしてから安全に手術できることが大半です。またそれでも取れないような腫瘍は肝移植という手があります。肺などの転移に対しても、手術を積極的に行います。
肝臓の手術は、がんの部分だけをくり抜いて取ることはできません。通常、がんの部分を含めた肝臓の一部分ごと切除します。これは、がんが飛び散っているかもしれない、がんの周囲も取るという意味があります。
肝臓にできたがんを取れるか取れないか、それは前記した「がんが肝臓のどのくらいの部分を占拠しているのか」と「重要な血管が大丈夫か」によります。
そのことを理解するためには、肝臓の構造を知ることが必要です。
以上が重要です。1つずつ説明します。
肝芽腫に対する手術は、大きく2つに分かれます。肝切除術か、肝移植術です。可能なら肝切除術が望ましいです。その理由は、肝移植(生体肝移植)は健康な人(肝臓提供者)にメスを入れなければならないこと、また一生免疫抑制剤を飲まなければならないこと、などの問題があるからです。
肝切除をするには、基本的には以下の条件が必要です。
逆に、上記が満たせない場合は、肝移植が必要になります。
最初から腫瘍が小さければすぐに肝切除術を行います。もし大きければ、肝切除できるようにするため、化学療法で腫瘍を小さくします。それでも肝切除が不可能な場合は、肝移植をします。
肝臓を4区域に分けて、どの区域に腫瘍があるかをCTやMRIなどの画像診断で決定します。それに基づき、4つの区域のどれを取るかを決めます。肝芽腫でよく行われる取り方は主に6種類あります。全て、最低1区域は残って肝臓が働くようになっています。当然、取る区域が少ないほど、体にかかる負担は少なくなります。主な肝切除の方法を図2に示します。
おとなの肝臓がんの手術では、肝臓そのものが肝硬変で傷んでいる場合が多いので、たくさん切除すると肝不全になりやすいのですが、こどもの肝切除では肝硬変がないため、大きな切除も比較的安全に可能です。
肝切除手術の実際
肝切除術後の合併症について
肝切除の効果判定
他に転移がなく、腫瘍が完全に取り切れていれば、血中AFP値は次第に下がっていきます。下がると言っても術後1週感でゼロになるようなことはなく、通常は3-5日で半分の値になっていきます。
以前と比べると、肝切除手術は安全にできるようになりました。しかしそれでも、血管ギリギリのところで剥離をしなければならない症例など、小児外科の最高難度手術の1つであることには変わりはありません。肝芽腫そのものの症例が少ない(日本で年間50程度)ため、施設により経験に差があり、肝切除できる症例でも肝移植を勧められたり、肺転移があるから肝切除はできないと言われることがあります。このような場合は経験豊富な施設でセカンドオピニオンを受けられることをお勧めします。
肝切除の項で説明したとおり、切除すると肝臓の区域が1つも残せない場合、あるいは血管が残せない場合、肝切除は不可能ですので肝移植が唯一の救命手段になります。
欧米では脳死肝移植が盛んに行われていますが、日本では脳死ドナー(臓器提供者)は少ないため、基本的に親御さん等から正常な肝臓の一部を切り取って移植する、生体肝移植が行われます。
肝芽腫に対する生体肝移植は既に保険適応となっており、切除不能な肝芽腫に対しての治療法として、確立されたものとなっています。
肝移植を行う場合、基本的には肝臓以外に転移がないことが条件ですが、症例によっては肺転移を切除してから移植を行うこともあります。しかしこのような場合の救命率は、転移がない場合と比べて残念ながら低くなる傾向があります。
肝移植を行う場合、基本的には肝臓以外に転移がないことが条件ですが、症例によっては肺転移を切除してから移植を行うこともあります。しかしこのような場合の救命率は、転移がない場合と比べて残念ながら低くなる傾向があります。
肝移植手術は拒絶反応、感染症など肝切除手術と比べて術後合併症の頻度が高く、術前の準備もより入念なものになります。レシピエント、ドナー共に血液検査、CTなどの画像検査などを行います。ドナーからいただく肝臓の大きさがレシピエントに適合するか、ドナーに悪性腫瘍はないか、など詳細に調べます。
通常の肝切除術と同じように、肝臓の一部を切除します。レシピエントの体格に合わせて、外側区のみ、左葉、右葉など取り方を選択します。
術後は厳重なICU管理が続けられます。特に重要なことは、出血の有無、移植した肝臓に血液がちゃんと流れているか、肝臓の働きはどうか、拒絶反応はないか、感染症はないか、などです。
通常の手術と違い、移植手術では術後すぐから免疫抑制剤を使います。免疫抑制をすると手術後の大敵である感染症に対して弱くなるので、抗生剤などのきめ細かな管理が必要です。
また、つないだ血管が詰まらないような薬も使いますが、これは裏を返せば出血しやすくなる薬です。このように、移植手術では通常の手術と比べ、リスクの高い治療をしなければなりません。これらをクリアしてようやく手術が成功したと言えます。
術後落ち着いたら、通常は化学療法をすることが多いです。AFPが順調に正常化したら退院が見えてきます。
退院後も免疫抑制剤等の薬を毎日服用します。これは例外を除き、生涯継続しなければなりません。
免疫抑制による感染防止の目的等で、しばらくの間は生活制限があります。これは徐々に解除されていきます。拒絶反応のチェック等が必要ですので、肝芽腫そのものは治癒しても、通院は生涯必要です。
肝移植患者さんは身体障害者1級と認定されます。
通常の肝切除の術後と同様、1~2週間で退院となります。
術後1ヶ月程度は創部の痛みや不快感があるのが普通です。肝臓手術そのものは、体への負担が比較的大きな手術です。したがって、仕事の復帰までには充分な余裕を持たれることをお勧めします。
肝移植の導入により、今まで救命することができなかった高度進行肝芽腫の患者さんを救命することができるようになってきました。肝移植が成功し、肝芽腫も再発せず見違えるように元気になった患者さんも増えています。しかし肝移植手術の合併症は完全になくすことはできておらず、そのために命を落とすこともゼロではありません。また肝移植をしても肝芽腫のコントロールができず、救命できないこともあります。免疫抑制剤も一生飲み続けなければなりません。肝移植は決して万能ではなく、あくまでも最終手段としてお考え下さい。
肝芽腫は肺に転移しやすい腫瘍です。JPLT-2の結果を見ると、転移していない肝芽腫の5年生存率が80%以上あるのに対し、転移のある肝芽腫では50%以下になっています。肝芽腫を治すためには手術で取ることが最も重要であると言われていますが、転移した肝芽腫に対してもこれは当てはまります。神奈川県立こども医療センターでは肺転移巣も積極的に手術をしています。
転移は複数個出ることが多いですが、多発していても、また両側でも手術は可能です。
肝臓に入った血液は、肝静脈に入り、そこからすぐ近くの心臓を経て肺に入ります。肝臓内の腫瘍からこぼれだした腫瘍細胞が血液の中に入り、肺に定着してできるのが肺転移です。細胞がこぼれだしても化学療法で消去されたり自分の免疫力で退治したりするので、転移はそう簡単には起こりません。しかし化学療法が効かなくなったりすると、転移が成立します。この状態では化学療法は使えず、手術に頼ることになります。
肺転移の手術は、肝臓のように周囲を大きく含めて取るということはしません。転移巣を中心として、ごく小範囲の肺を取ってきます。これは、肺は肝臓のようには再生しないからで、取りすぎると呼吸困難になるからです。
また、このような取り方をしても、そこから再発しやすいことはないことが分かっています。したがって、おとなの肺がん手術のような、片側の肺の1/3や半分を取るような「肺葉切除」は通常しません。
胸腔鏡を使って転移巣を取る病院もありますが、神奈川県立こども医療センターでは必ず開胸手術をしています。その理由は、
手術は下記の順番で進みます。
肺転移巣切除術後の合併症について
肺転移巣切除の効果判定
肝臓と同様、肺転移巣もAFPを作りますので、腫瘍が完全に取り切れていれば、血中AFP値は次第に下がっていきます。
成人のがんでは、肺転移があるとかなり厳しい状態と見なされますが、肝芽腫ではそうではなく、しつこく切除をしていくことで救命できることが分かってきました。肺転移は再発することも多く、時には手術が7~8回にも及ぶことがあります。それでも最終的に救命できる見込みがあるため、我々は複数回の手術でも躊躇なく挑戦します。